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私は、困ってる人がいたり、電車に子どもや年寄りがいると声をかけます。
昨日は、盲目のおばあちゃんがいて、偽善者にはなりたくないから。おばあちゃんがどうしてほしいか、「今、おばあちゃんは○○前にいるんだけど、行けそう?ついて行こうか」
と、結局はお家まで手を引いて行きました。そのおばあちゃんの手を引いたのは二度目で、おばあちゃんは家の前の電信柱を印にしてるんです。
「おばあちゃん、止まって左を杖で触ってみて」
と言うと、おばあちゃんは家の前とわかったみたい。おばあちゃんが「いい事ありますよ」と言ってくれて。私はその言葉だけで十分でした。
まさか、、、本部の人が見ていて、私の顔を覚えているとは……(笑)
今日、挨拶したらその人がきびすを返して「昨日はどこまで送ってたの?」と言われ、最初は何の話かなと思いわからなかったんですが(笑)
「前から歩いてて、見てたんだよ」と
私、今の職場が向いてると思う。仕事はまだまだ出来ないけど、私が深く考えずに当然だと思う行動や自然にでる言動に笑顔を向けてくれる人が多くて……私の話好きや誰にでも話しかけて、話込むのは金融マンとして必要だと思う。
何より、人々の笑顔は給料よりも私にパワーをくれます。人間に生まれ良かった。昔、過去のあの日々に生きる事を放棄しないでよかった。
人よりもこの世から逃げようとした中学生時代の経験、学びがあるからこそ、人々を愛せる。それは、トクトクと優しい鼓動になり私を癒やしてくれる。
だから、人は自分に正直に生きれば、誰かがありのままの自分を評価してくれる。
私は、死ぬ瞬間まで一番の夢を諦めない。諦めない力が、人によって与えられる。忘れちゃいけないなぁと思います。
誰かがいるから、誰かの力があるから、私がいるんだ。そして、世界にいる誰かの犠牲の上に私たち先進国は生きている。辛くても、私は私のためでなく、私が役立てる誰かのためになるなら頑張れる。
黄金魂。私流の考え方だけど、やっぱり、私は死ぬ日の自分が後悔しないように。生きるためじゃなく、死ぬために毎日を有意義に死にます。
何があろうと、生きている日々に劣るものはない。私は、改めて思います。バイニャ
2008.05.15 ▲
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2008/05/18 Sun 13:34 [ Edit ]
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